入居中の管理

米や芋に換えてほしい

このころ、M&Kの事務所は高幡不動にあった。M&Kが借り上げた。これ三多摩地区の地主に建築を要請、がヘッドリースの最初であるほどなくしてバブル崩壊、地主に迷惑はかけられないため、その後、次にテナントとして選んだのが、介護付有料老人ホームを展開する企業ニチイケアパレスである。
シフトチェンジすることで地主の信頼を裏切らなかったコンビニ、ドラッグストア、保育所、遊技場その場所によってヘッドリースの相手以下は、事業者を選択した。小鮒の話である「二十年が経過しても、借入金がいっぱい残っているようなサブリースは危険ですよね。
わが社が手がけているヘッドリースは、二十五年、長くても、三十年でローン返済が終わるような仕組みを構築しており、地主さんにとっては、これは、安心材料になります」建物は五年、十年、十五年と経過するうちに、経年劣化するわけだから、補修やリニューアルなど手を入れなければならない。
ローンを返し終えるめどがつけば、こうした負担にも耐えられるヘッドリースのビジネスは、いわば仲人役だから、売り手と買い手が、当然、条件面で一致すればいいわけだしかし、お見合いの大半がそうであるように、意に添う相手など、そうそう簡単に見つかるものではなく、苦慮するところでもある市街化調整区域でも、基本的には同じである。
市街化区域、先祖代々受け継いできた土地だから、そう簡単に地主は手放せない。
事業地を求める事業者がいても、耕作地として妥当な代替地がなければ、説得できない。「いま、現役の農家さんは、われわれと同じ年代、六十代や七十代、なかには八十代という方もいらっしゃいます。
だから若い人が通り一遍に話をしても前に進まないことが多いのです」スタートの段階が重要で、相手がどのような気持ちでいるか、そこには心理学の要素も含まれてくる市街化調整区域の開発力に富む例をあげれば埼玉·三芳町には、大規模土地開発は、M&Kの得意とするところであり、敷地四000坪に延床面積111000坪の配送センターがある。

これは大手宅配企業佐川急便へのヘッドリース事例である。また、埼玉·日高市、三000坪の敷地に延床面積11100坪の倉庫、これは大手食品会社三島食品を荷主とするM&Kの倉庫業であるいずれも市街化調整区域の物件である。
畑の収入に比べ、安定した賃料収入となるため、地主には喜ばれている市街化および市街化調整区域の場合、土地オーナーとの調整、許認可にかかわる行政とのやり取り、また立地事業者との折衝が、優劣にかかわらず条件として必要となる市街化調整区域での事業は、これらのどれか一つが欠けても成立しないのである。他社では、このリスクを負いきれないだろう。
あくまでノウハウの問題であり、技術力なのだ「その点でも、M&Kはリスクマネジメント力がある」と自負する小林であるたとえば、ヘッドリース事業で得られる安定した資金力、この経済基盤が確立しているため長期にわたる大型物件開発事業に取り組むことができるのだ。M&Kの主力業務だけに、市街化調整区域の開発に関しては、次の第三章で詳細な検証をしたい。
それに先立ち、いまは、さわりだけふれておこう。

農業振興地域の整備に関する法律、都市計画法、農振法農地法、建築基準法の改定などを事業の確実性を見込んだ提案ができる提案力も、的確にとらえ、M&Kの強みであるさらに、平成十七年十月、流通業務の総合化及び効率化の促進に関する法律の施行があり、これはM&Kにとって追い風だった。

土地を買ったつもり資金岩舘に聞いてみよう。この件は、「物効法(流通業務の総合化及び効率化の促進に関する法律)の施行は、M&Kにはフォロウインドになりました。この法律の神奈川県下に市街化調整区域における適用の第一号が、いま『プロロジスパーク海老名』の名称で稼動しています」大手ビール会社の系列にある物流企業が、寒川工場の三キロ圏内に拠点を設けようと動いた。
すでに埼玉·日高で連係した実績があったが、先方社は「神奈川では大規模開発は、やっていそんなことはないと乗り出したのが岩舘である。ないよね」と疑心暗鬼、市街化地域が二つ、候補地にのぼったが不調。最終候補地がなんとかやり繰りがつけられた。当初、五000坪の話だったものが、となった。最終的には1万坪の大型施設(倉庫)「特別積合せ事業の検討を提案した。
『特積み』許認可を得るためにM&Kは、いわゆるといわれるもので、と岩舘が説トラック業界の用語、特別積合せ貨物自動車運送事業の通称です」具体的にいえば、次のようなものだ。明している。
旅客車両でいえば、路線バスは特別積み合わせや宅配便と見なされ、一方、タクシーやハイヤー、貸切バスというのは、貸切輸送ということになる。

一般的な宅配便は、特別積み合わせ貨物輸送の一部である貸切輸送とは、一般家庭の引っ越しや会社の移転、あるいは特定の荷主から荷物を受け取り、-配送などがこれにあたる。詳細は省くが、各商店などに配達する運送約款上の補償以外に、貨物に対する保険を運賃とは別にかけることができる。特積みでやったらどうかと示唆するが、同社は、大手ビール会社に貨物利用運送事業(自らはトラック等を保有せず、他の運送事業者が行う運送を利用して行う事業)に特化して結局これもうまくいかずかなり難航した。
おり、第四章で改めて後述するが、物効法を導入し、最終的には五六年かけてまとめあげることができた。このケースは、事業者からの持ちかけがあった事例で、タイミングを見計らないながら、地権者、行政との交渉も進めた。

市街化調整区域の開発力に富む、ここがM&Kの背骨であり、次章、具体的に詳細を見てい

新たな文化を生む市街化調整区域の開発

市街化調整区域とはなんといってもM&Kの存在は、他社が手を出さない市街化調整区域の開発に強みを持って社会貢献の面から見ても、いる点にある。
これは、価値と意義のあるものなのだ。
一般的に市街化調整区域にあまり手を出さない。大手不動産業者は、市街化調整区域の開発で最大の問題点は、地権者の同意や開発許可などの許認可を取る作業が、極めて困難で時間がかかる。
空き室が出ても土地オーナーに支払われる家賃の総額は保証されている

高低差の少ないフラットな場所にバリアフリーの家を建てる

五霞でもぜひやってくれないか
したがって、大規模な市街化調整区域の開発を進める不動産事業者は少ない。むしろ、やりたくてもできないというのが実情だろう。挑戦意欲も強い。市街化調整区域の開発について、しかし、M&Kは技術者集団であり、可能性を探り、チャレンジした。その結果が、いまにつながっており、オンリーワンといっていいほどの優位性がある「わが社が開発し、企業を誘致することで、地域経済が活性化し雇用も生まれます。
それにより、当該エリアに新しい文化が創造され、地域社会に貢献できるわけです」と小林は、市街化調整区域開発のメリットを語る。ところで、この市街化調整区域とは、そもそもどのような場所を指すのか平たく述べれば、「市街化を抑制すべき区域とする、あるいは、その場所」ということになる法律上の定義として、都市計画法にもとづいた都市計画区域には市街化区域「市街化とというものがある。

調整区域」「すでに市街地を形成している区域および、前者は都市計画法ではおおむね十年以内に優先的かつ計画的に市街化をはかるべき区域とする」と定義づけられている。要するに、人がたくさん住んでいる街であり、これからも、たくさんの人に住んでもらいたい区域、と理解すればいい。

これに対し、市街化調整区域というのは、市街化を抑制すべき区域とす前述したように場所だから、農地がある区域のことであるイメージとしては、山野などは開発規制を受ける。もともと森林法や林野法により、農地や平地林、農業や林業を営むことで税制上、優遇措置が採られる。簡単にいえば、住宅地と異なり、固定資産税も安く、税制の優遇,猶予もある。

国の農業振興策により農地解放が行われ、それにより、自営の小作農が増えた。戦後、食糧特典を与えたわけだが、住宅が建てられない規制不足から国は営農を奨励し、同時に農地は、対象となった。
ところが、交通網の発達により、国内のいたるところに高速道路やバイパスが増え、それにともない、インターチェンジやジャンクションが設けられるようになった。
農地や林野は分断され、農業および林業の就業場所として環境が悪くなった。こうなると、小林の説明に拠ってみよう以下、「農地を横切って高速道路ができ、インターチェンジができるようになると、農地が分断されどうかするとゴミの捨て場所になる悪弊が生じました。遠くからトラックでゴミを運び、一気にどさっと捨てていく。そういう場所がいろいろなところにできてしまいました。
要するに、ができてしまうのです」死角”テレビなどで特集が組まれるから、こうした現実は、よく知られるところだダンプカーに積まれたゴミが捨てられ消費地周辺の近在農地や山里が格好の狙い目となり、ていき、みるみるうちにゴミの山ができる。
要注意!いわゆる産業廃棄物の捨て場所で、テレビ、電気冷蔵庫、洗濯機、電子レンジといったものが、山のようになる。こうした場所は、業者うちで知られているから、不心得者が後を絶だな!なかには、有毒性のある産業廃棄物やナンバープレートが外され車台番号が削られたクルマまで捨てられる。雨により有害物質が流れ出し、山林をダメにする。一度、近隣の農地、汚染された田畑は、容易にもとには戻らない。こうなると営農意欲を減退させ、耕作放棄も起きる。
さて、こうした利益を生まない土地無産農地をどうするか、なのだ”死角”となりやすい無産農地最近はあまり見かけなくなったが、ひところ、都区内周辺の農地でキウイ畑が多く見受けられた。キウイというのは生育がよく、どのような土地でも、あまり手をかけな理由は簡単で、くとも順当に育つというのだ。
つまり、後継者難の営農者、あるいは兼業農家でも、さほど手間がかからず、成果をあげることができる。何より税金の控除があり、固定資産税も安い。農業を営んでいるのだから、相続上の優遇措もある。置(猶予)近年、営農でもっとも問題となっているのが、後継者難と相続する場合の税金の面だ。
相続に関する税制上のメリットについては、国税庁のホームページ農業相続人が農地等を相続しおよび「農業後継者が農地等の贈与を受けた場合の納税猶予」などが参考た場合の納税猶予になる詳細は省くが、ポイントだけ述べれば、以下のようになる。
農業を営んでいた被相続人から相続により農地を取得した相続人が、その農地等を農業の用に供していく場合には、その農地等の価格のうち、農業投資価格を超える部分に対する相続税の納税を猶予する。
猶予相続税が免除されさらに二十年間、農業を継続した場合には、るが、農業を経営する個人贈与者農地の全部を贈与した場合、贈与税は贈与者の死亡の

日まで納税が猶予される。

その贈与者が死亡した場合には、贈与税は免除され、相続開始の時に贈与者から相続したも相続税が課税されることになる。のとみなして、相続税の特例の適用が受けられるさらに、要は、生前贈与や営農継続で、税法上の特典があるということだ。
したがって、前述のキウイ畑のように、なんらかの作物を育て、販売するならば、名目上その土地からの収入は、野菜栽培によるものだから、納税猶予が受けられる多額の納税を免れるので、結果、農地休耕地や平地林、屋敷林を売らなくても済み、緑地も保全される。
これがキウイ畑が広がった要因であるとはいえ、土地を相続する段になれば、これはまた別の問題が発生する。農家の後継ぎの大半はサラリーマンのため、本格的な農業はむずかしく、いきなり継ぐというわけにもいかないだろう。仮に営農放棄した場合、多額の相続税をどうするか。
こうした事情もあり、農地を抱え込むことは困難になりつつあるましてや、放置していた土地が、(荒れ地にしておけば当然、先述のように”死角”投棄場所となり、として狙われやすい)不法投棄されたものは、自分の責任において始末することになるこうしたことを解消するには、所有から活用へ、地主自身が発想の転換をしなけれやはり、ばならない。

定期借地権の契約者が表示された建物の設計プラン

企業が進出を希望する立地·ロケーションであること。

郊外型大規模施設イオンモールつくばscの開発事例に探る需要と課題二十年余にわたり、M&Kが手がけた開発事業は多々あり、そのなかで、近年のものでは郊外型の大規模商業施設イオンモールつくばsCがあるこの事例は、街づくり”として大きな貢献を示すものであり、市街化調整区域内の代表的なサンプルとして紹介しよう。茨城県つくば市に敷地面積三万四000平方メートルを確保、工事が進行中であり現在、あかつきには、延床面積八万九000平方メートル、完成の暁駐車台数四000台という大型のショッピングセンターが出現する(SC)完成予定は平成二十五年三月
そもそもの話は十二年前にさかのぼる、というから、いまの時代、なかなかの大事業であるこの開発物語は紆余曲折に富み、ある面では、M&Kのメモリアルケースなのだ。M&Kの開発によるSCが完成すると、これは国内でもトップクラスの規模を誇る商業施設となる。
このサイズのSCを運営するためには、二000人規模の従業員が必要となり、雇用·税収面における地域経済の活性化がはかられ、いまから期待が大きいものとなっている。また、ショッピングモールという地域交流の拠点は、高感度の情報発信の場であり、おのずと新しい文化が芽生えることになる。

こうした点でも、非常に注目されているのだ。

「開発のきっかけは、十二年前、わが社の開発実績を耳にした地権者の方たち、その代表として役員の方七人が、つくば市からわざわざ日野のM&K本社まで足を運んでいただいたことにはじまります」100人を数える地権者のほとんどは、地元の農業経営者だった。役員の話によれば、地域に高速道路や国道のバイパスが通るようになった。

それはいいが、それまで一体だった農地が新しい道路により分断され、”死角”ができてしまったというのだ不法投棄などが問題となり、耕作放棄が進んだという。これがまた新不審者の出没、結果、しい死角を生み、地元では、深刻な問題となっていた。「何か土地活用のいい方法がないか。開発で土地の再生、活性化がうながされないだろうか。
うわさこうした悩みを抱えていたところに、わが社の噂を聞き、相談に来られたわけです」地権者の対応にあたり、同プロジェクトの責任者を務めたのが、当初、専務·宮地宏之であかつてミサワホームに勤めており、当時から小林との親交も深く、る。
その縁でM&Kに入社。七十歳まで第一線で働き、その後11年間、顧問を務めた人物であるよくよく地権者から話を聞いてみると、平成十二年、「郊外当時開発の流れに乗っていた型ショッピングモール」を企画するには、最適の立地であることがわかった。

土地を買ったつもり資金その一帯は、高速交通網の要所であり、バイパスなども含め高規格幹線道路の結節点なのだ。M&Kのノウハウによる市場性の研究、開発許可の取得の可能性について独自に調査した結これならいける渠、と判断が下された。こうして地権者と一体になり、”ゴミの山を宝の山というスローガンを掲げ、開発の具体化に動き出した。に変えよう!”「事業化決定から今年で十二年となります。
この歳月が物語るように、動き出したはいいがしんちょく実際のところ、ことはそう簡単に進捗しなかったのです」と、往時を振り返る小林だった。開発現場は、市街化調整区域内にある農地農振農用地や山林のため、100人を数える地権者がおり、それも県内外に散らばっているのだ。現住所を特定するだけでも困難を極めた。
そのうえ、もともと固定資産税の低い土地のため、当該地を所有している認識がないまま登記簿謄本上の権利者が亡くなり、相続漏れしている区画もあった。
一筆の権利を確定させる三代も前にさかのぼり、三〇人近い相続人の同意を要する事態も発生した。ため、行政の許認可が絡む話のため、たとえ1坪でも漏れがあってはいけないわけだ。

それこそシラミつぶし、足で稼ぐ探索が続いたのである。なんとも気が遠くなる話だが、小鮒に当時を振り返ってもらう。「あのころ、一八人でしたかね。きちんと整理がついて、実際の地権者の数は一いま正確には茨城県外の一五人を含め九九人です。当時、相続人探しで三〇人くらいの人を追いかけました。どんな小さい土地でも、相続関係をきちんとして、なおかつ、開発同意書をもらわないと申請できません」最終的にまとまったのが、平成二十二年五月、ゴールデンウィーク明けだった。

途中で農地法の改正があり、この施行が平成二十二年六月一日。これを過ぎてしまうと旧法が適用されなくなります。農地転用できなくなる恐れがあり、本当に待ったなしでしたね。同年三月ごろから最後の追い込みで奔走しました地権者協議会とタイアップ、承諾を得るために駆けずり回ったのだ。九〇%は快諾を得たが残り10%には難儀したと語る。

しかし、そこは粘り腰でなんとか同意にこぎつけたのである”稼げる”土地に転換農地をM&Kが、こうした相続人を対象とする権利関係の把握を進め、同意を得る。その一方で稲岡土地利用研究会さまざま地元も当該地区一帯の土地活用を勉強するためを発足させ、な問題の研究と解決策が探られた。
研究会の代表者が決められ、役員組織が構成され、M&Kと一緒になって開発区域の土地利用について勉強会が重ねられた。
このプロセスで、つくば市や茨城県の行政担当者と意見交換がなされ、地権者への周知が徹いま小林は、「この稲岡土地利用研究会という組織があったから、底された。事業を実現させることができた」と述懐する十二年の長期にわたる事業だったため、農地法の改正など、法律の基盤も時代とともに変化した。

名古屋の実家の片づけに東京から週替わりで通った兄弟夫婦