企業誘致大作戦

土地の境界があいまいで売るに売れない義父の家。

ちなみに、ここでいう空き家には、別荘などの”二次的住宅”やなども含”売却用の住宅”まれる。しかし、いわゆる”賃貸用の住宅”に限っても、空き家は約四1111万戸に上り、前回より約四五万戸増えている。
調査平成十五年やはり、数字上で見れば、賃貸住宅市場の需給バランスは大きく崩れているように感じられるさらに空き家の増加が懸念されるが、このままでは、都道府県別に細かく分析していくと少し印象が違ってくる全国でもっとも空き家率が高いのは山梨県である。十年前の約一五%から現状、約110%に上昇した。
次点の長野県も、十年前は約一五%だったが、同様に約一九%になっている。『二0110年の住宅市場』「空き家率が増加す野村総合研究所が発表したレポートによると、既存物件の家賃および売価を下げる圧力が働くため、ると、新規物件の価格低下を引き起こす。これにより新規物件開発が抑制されるため、空き家率は理論上、一定の水準で収束すると考えと分析されている。
られる」程度で収束すると予測されて結果として、二0三0年ごろには全国の空き家率は一三.いる。実際、この分析を裏づけるように、首都圏や大都市圏においては、いまのところ需給バランスが保たれているようだ。五軒に1軒が空き家という山梨や長野の場合、当然ながら、マンションなどの集合住宅は少なく、空き家の多くは築古の一軒家である。

高齢化、過疎化が進む地方では、所有者がいなく相続者を探すのが難儀なケースがあるなった場合、買い手もつかないし、したがって、物件があこういった物件は、借り手もなかなかいない。空き家対策まるケースが増えるわけだ。
こうした状況を受け、地方都市もに乗り出している地域活性化センターの調べによると、都心から地方に移住する人を対象に、空き家を貸し出空き家バンク制度を実施している、あるいは、実施を検討している市町村は、す八割にも

上るという防犯上の問題が起きたり、行政サービ地方や都市部にかかわらず、空き家率が高くなると、スが低下するなど、自治体としても、住環境の悪化を招くとされている。

還付請求すると空き家率の上昇を放置するわけにはいかなくなっているのだ需給バランスの取れた開発など、エリア活住みよい地域、暮らしやすい街を守るためにも、雇用促進のための優遇措置を取る性化策をはかる自治体が増えている。企業を誘致したり、ケースもある過疎化対策も急務である。これから先を展望した場また、少子高齢社会は否応なく進行し、ひとつの転機に差しかかっているといえよう。以下は、小林の弁であ合、不動産業界はいま、る国としても予算が少なくなっており、「いずれ高齢者住宅が必要になるのは自明ですが、助成それぞれの立場からいかに土地を有効活用して金や補助金が潤沢というわけではありません。
いくか、これからがまさに正念場になります」必ずしも需要に即した十分な設備を整えていない。現在の高齢者住宅は、まだ過渡期なのか、こうした点にも、M&Kは注力する考えを示している。需要変化にも守りとおすべき約束事昨今、アパート·マンション経営の勧誘に警戒心を抱いている土地オーナーは多い。
エリアに人がいなければ、部屋が埋まるとはマンションを建てたからといって、アパート·リスクを避けたい地主の意識は強くなっているのだ。限らない。
年々、相続時の負担軽減をはかり、資産の目減りを地主が土地の有効利用を考える場合、従来は、住宅供給は飽和状態で、避けるための、節税目的が大半だった。

しかし現在は、住宅ローンも賃貸より持ち家志向に傾いている。住まいは、以前よ長期返済が可能となり、時代の流れは、かつてのようにアパート·マンション経営がむずかしくり安く購入できるようになったため、なってきているアパート·マンション経営の利点が薄い「むかしに比べ、土地オーナーさんにとって、地主、築七年もすれば、経年劣化で建物は傷んできますのですね。新築時には入居者は入りますが、賃料を下げなければなりません。
古い借家に入る人は少なく、空室が増えれば当然、メンテナンス費用も発生し、ローンの返済も苦しくなってきます」何がもっとも有効か、これが素人には判断がつかない。自分の土地を何に利用すればいいか、求められる時代の需要に合致する不動産活用、その提案を行っており、小林は以M&Kは、下のように語る寮·社宅の需要がありました。
「バブル経済期は、企業が大量の社員を採用、それにともない、ゆうえんこうした借地物件の返還がはじまったわけです。
しかし、バブルの終焉とともに、有料老人ホームに改造し、それを有料老人そこで当社は、返還された寮や社宅を借り上げ、ホーム運営会社に転貸したわけです」個人対応はむずかしい。しかし、社会の需要を知り尽くしているM&Kならこうした場合、実需に即した提案が可能なのだば、政府が助成しようとしている項目にしたがい、地主·オ日本の人口構成·動態を考え、ナーへの適切,的確な提案を行っている。

むさしのiタウン·四季の街

住み続けることが大切だ

贈与税〉相続税
で、M&K常務取締役·光明の話を聞いてこみよう。保育所、介護施設など、時代の動きに合「有料老人ホームだけではなく、コンビニや飲食店、

わせ、や環境に照らし、提案する内容を変えていく。
これは場所(立地)ロケーションヘッドリース事業には不可欠な要素です」

「約束したことM&Kが、土地利用を地主に働きかける際、もっとも大切にしていることはそして、守りつづける」ことだという。は守る。
契約期間二十年間の賃貸先の事業内容が重要で、将来的に経営が成り立たなそのためにも、契約しない。くなるようなテナントとは、社会的需要の消滅しない業種·企業を選ぶ。ここにM&Kならではつまり、生涯にわたり、のノウハウがあるのだ。さまざまなかたちでM&Kの評価につながっている。

こうした姿勢が口コミで伝わり、信頼関係は一朝一夕には築けないのである。市街化調整区域の活用法に注目五年と継続審議が必要な業務がある。不動産の大規模開発などは、どんな仕事にも四年、そのいい例だろう。その間に何が起きるか、こればかりは誰にも予測できな一朝にしてできる仕事ではないが、巨大地震·大津波災害だけでなく、早い話、111-1東日本大震災は、原発事故も重なり大規模土地開発に関し、実際、大震災が起きたため日本の根幹を揺るがす事態になっている。
乗りかかった船を降りた企業もある。時代や社会環境の変化のせいにしないところが、M&Kの企業姿勢にあり、これはしかし、念頭に置いておきたい。景気がよくないのだから業績が悪いのは仕方がない。このように語る企業トップも世の中、いるが、何もはじまらないのである。そういってしまったら、途中にいくらでもアクシデントは起きるが、それは織り込み済み継続的なビジネスの場合、にしておくべきだろう。
逆風が吹いても、M&Kは粘り腰で耐える。
そのため、同社の市街化調整区域の活用は、高く評価されているのだ。具体例は後に述べるが、平成十一年、M&Kは埼玉·日高インターチェンジ脇に用地を取得、これは大手ビール会社のグループ企業である物流会社の要請に応じたも物流拠点を構築した。のだ地主五人から倉庫用地を借地し、M&Kが倉庫を建て食品会さらに、近くに企業を誘致し、すべ社を荷主として倉庫業を営んでいる。
こうしたケースも、市街化調整区域の許認可を取る術に常務取締役·岩舘道廣の発言である。
通じているM&Kならではのワザなのだ。
企業誘致大作戦以下は、「弊社では、社内での役割分担が必ずしも明確になっているわけではありません。というのも爾ナ礻→なんでもできないといけないわけです。それぞれ総勢三〇人ほどの社員数ですから、各人が、三人くらいでプロジェクトチームを組み、さまざまな業務に従事しています。ただ、強いていえば、自分は市街化調整区域の開発を主にやっています」

原則的に建物が建てられないのが市街化調整区域の大きな特徴だ。
そこに建物を建てようというのだから、·手順が重要となり、手続き岩舘の話では主に以下の三つが重要なポイントになるという開発許認可をいかにして取得するか。行政に働きかけ、協議·提案の道筋をつくる。土地の取りまとめ。
数人から、多い場合には、100人以上の地権者と折衝、意見調整を行う整理·整備した土地を工業団地、物流センター、ショッピングモールとして活用するためには当然、運営事業者がいなければならず、の誘致を行う。
事業者テナントこの三つを同時並行的に推し進め、はじめて市街化調整区域が、生きた土地として動き出す。革命的な土地活用により、生産性に乏しい、あるいは無産だった地面が、稼げる土地に変化する。

ここがM&Kのもっとも得意とする分野であるわけだが、これについては第三章で具体的に説明する。

不動産の新たな可能性を切り開く多様性

明日、何が起きるかわからないむかしに比べて変化、近年は、変化の連続で、息つく暇もないほどだ。

経済や社会生活に直接的に響いたリーマンショック、スーパー円高、欧州債務危機、東日本大震災、原発事故と、ここわずか四五年の間に、人が一生に一度、経験するか否かくらいの激変が、波状的に続いている継続的なビジネスで、しかも海外との連携·関与がある開発仕事は、こうした状況だから、大きな影響をこうむる。
取締役開発企画部部長·は、成田空港近くで二万坪という建設機械のオークション会場を開発していた際、リーマンショックの波を受けた。
「リッチーブラザーズ·オークショニア-ズ」世界最大規模の産業機械オークション会社本社:カナダ·バンクーバーが、千葉の成田市に常設オークション会場を開設したのは、平成二〇一〇年一月である。
二十二リッチーブラザーズは、建設用の重機が中心となる、産業機械の世界最大規模の企業です日本国内だけではなく、中国、韓国、ベトナムなどが販売対象となりますから、成田空港近くがベストな立地となり、当社が、企画·提案と土地開発を任されました

ちなみに、リッチーブラザーズの二00九年総売上高は、三五億ドルというから、その規模多少のブレを含み、は推して知るべしだろう。

円高が進む前、換算レート1ドル100円としても三五00億円企業だ。
三年にわたる土地開発と会場設営で、企画·提案時の平成十九年八月は1ドル111四円だが、平成二十年九月にリーマンショックが起き、この年の十二月に契約を交わした時点で1ドルー九五円、オークション会場オーブンの平成二十二年一月は同九〇円となった。

働き方革命

子供名義

「企画·提案した後にリーマンショックが起きたわけです。どうなるものかとハラハ一時は、ラしましたが、どうにか契約にこぎつけることができました。差額を吸収しなければならないので、建物の仕様などは、コストダウンのため、削れるものは削り、なんとかやり抜きました」土地所有者は10人、これを取りまとめるだけでも難儀だろうが、そのうえに世界経済の変地主に対し値下げ交渉はできない。調が否応なくかぶさってくる。
それでも、なんといっても約束を守るのがM&Kの企業姿勢なのだ

不動産業界だけに限らないが、東日本大震災と、それにともなう原発事故は、あらゆるジャンルに影響をおよぼした。そして、それは現在進行形でもある。何が起きるかわからない、明日、ということが常態化する大変な時代になっている。
「東日本大震災後は、メンテナンス·修理·保全など、さまざまな注文が発生しています。われわれのビジネスは、物件を買って、売って、それでおしまいではなく、二十年、三十年単位でオーナーさん、事業主さんとおつきあいしますから、パートナーとしての務めを果たすのが責務」とは語っている。
いろいろな角度から検証·精査する。あらゆる方面から情報を集め、実際に土地を見て、調べ、ものになるのか、ならないのか。二十年単位で成算は立つのか。膨大な、あふれかえる情報のなかから、これならできる、という確証を得なければならない。気の遠くなるような、地道な作業を積み重ね、それでようやく道筋ができる。相当、忍耐強い性格でないと、特に、地権者が多数となる市街化調整区域の開発はできない。
荒いいい方をするなら、行政(制度)の壁もある。
これをどう突破していくか。

話を聞いているだけで、気が遠くなる法律学者、地質,地勢学者といった知識とともに、折衝·交渉ごとでは、心理学者の洞察力と分析力、また、情報収集能力……、あらゆるものを備えていないとできそうにない仕事であるしたがって、単なる不動産業というくくりでM&Kをとらえると、この企業の本質を見落としそうだ。企業の特異性が業容に寄与するそれにしても、M&Kの業務·作業の複雑さは、並みのものではない。まさにプロフェッとても若い人には無理ではないかと思えてくる。ショナルのミッション、という感じだ。「平均年齢は四十代の前半くらいですかね。男性社員が110人、女性社員が一一人の総勢三1人。女性社員も単なる事務、というのではなく、たいていの業務に精通しています。
そのため電話の応対でもある程度のことは答えられます」こう語る小林だが、M&Kは少数精鋭のプロフェッショナル集団なのだ。

プロジェクトチームといっても、ほとんどが二三人でチームを組み、あらゆる仕事をこなしていく。一騎当千の兵軍団、それがM&Kである。
人生哲学についてまとめながら、会社の成長過程などにふれるが、後に小林の経営理念、あらかじめその沿革、背景を知っておかないと、この特殊技能集団の内実は理解しにくいかもし経緯の概略のみ述べておこう。
土地は所有から活用へれない。以下、長野県松本市で生まれた。小林は昭和十七年一月十五日、大阪工業大学工学部建築科を卒業株式会社小川建設昭和四十一年四月入社を経て、昭和四十九年四月、した後、多摩中央ミサワホーム株式会社に入社した。ミサワホームの創業者である三澤千代治の父親が三澤二郎。
この三澤二郎の三女と小林は結したがって、三澤千代治とは、婚した。義理の兄弟の関係になる。社名のM&Kは、ミサワ+小林に由来する。これまで登場してもらった役員たちは、多摩中央ミサワホーム時代の後輩であったり、この時代に知り合った関係会社の社員であるいまは、新卒者も若干名採用しているが、何しろ業務内容が内容だけに、そうそう簡単に”教育”できるものではない。多くは中途入社、即戦力である。

今日、平均年齢の若さを誇る企業が大半であり、世の中、若者に迎合する風潮も強いが、M&Kの仕事は、そんな生っちょろい感覚ではできない。小鮒の意見を次にまとめるほとんどが高齢者であり、先祖代々の土地をかたくなに守り通してきた農地の地権者は、きょうじ後継者の乏しい今日、農業に誇りを持ち、手塩にかけて作物をつくってきた矜持が過疎化、ある。

金に代えがたいものがあるのだその土地(大地)こうした土地を売ってほしい、譲ってほしいというのだから、話はそう簡単ではない。門前払いどころか、怒鳴られることもある。説得するのに二年、三年などという事例も実際にあるのだ「何しに来た、帰れってなもんです。端から受けつけてもらえないこともありますが、土地開発は一人の反対者があってもできません。
なんとしてでもご理解いただきたいわけですね相手は、戦中生まれの私より年上の場合も多々ありますから、若い人では荷が重いでしょうね」このように話す小鮒だが、時として、戦争の話などから糸口がほぐれるケースもある「自分は、昭和十六年生まれですから、もとより戦争体験があるわけではありません。しかし親の話も聞いて育ちました。
こうした背景がありますから、においは知っていますし、軍歌などの話題から心の鎧が取れる場合もあるわけです。相手が笑ったら、ひょんなことで、ここが突破口となりますね」なるほど、こうなると、昭和後期、平成生まれの若手では埒が明かないのもうなずける。平均年齢の高さが功を奏する仕事なのだ。
この場合、M&Kという企業の特異性が、業容に寄与していると理解できよう粘り強く、相手の気持ちになって、じっくり話を聞いていく。ていねいに、年の功より亀のなのだ。

うぃず武蔵小金井保育園